相反するものたちの中で

お勧めをいただいて、『ハートストーン』を観てきました。

 

アイスランドの、おそらく、すごく小さなコミュニティーの物語。外界との繋がりは描かれない。(大人の持ち物として)冒頭にPCがちらっと出てきたりするので現代の話だとわかるけど、子どもたちがそういうガジェットを使ってる姿は一切ない。時代に取り残されたような風景も相まって、お伽話を観ているような不思議な気持ちになる。

 

大人たちは誰も彼も、酒とセックスにしか興味がない。揉め事があったら、拳で解決。主人公のソールは思春期に入ろうとしているのに一人になれる部屋もなく、部屋どころかベッドの上まで、二人の姉がうろうろしては、性の目覚めをからかいまくる。

こんなとこで多感な時代を過ごしたら、そりゃしんどいわ!ソールは偉いよ、私なら週イチでバスルームに閉じこもって片っ端からモノ壊しますよ!枕に顔押し当てて泣きたくもなるわ!!しかも創作を発表する相手が家族とか!(←それはアイスランド関係ないかもしれない)

 

そんな(一部のオタクにとっては特に)過酷な環境ですが、実に雄大な自然に包まれています。この大自然の描写が圧倒的。鬱屈した少年たちも、釣りしたり馬に乗ったりキャンプしたりする姿はホントに楽しそう。「恵まれた環境」で思い切り子ども時代を謳歌する様子も、ちゃんと描かれてる。

山や森や海は、一人になれる場所でもある。そこでだけ、一人で泣くことが許される。

でも、ほんとうに一人で、裸で放り出されたら生きていけない。

生きられたとしても、スヴェンのように変わり者認定を受けて、まともな人間扱いされなくなってしまう。この子たちにとって自然は、受け容れてくれる場所であると同時に、決して脱出できない牢獄の壁でもある。

 

そんな風に、この映画では相反する概念がみっしりと絡み合う。

どこにでも行けるけど、どこにも行けない。唾を吐かずにはいられないほどクソなことばかり起こるけど、そこにある風景は、容赦なく美しい。

何も選べないようでいて、子どもたちは日々、何かを捨てて何かを選ばなければならない。相反するものたちの間で押しつぶされないように。

何を赦すのか。誰を愛おしく思うのか。誰にキスするのか。

そうやって、「成長」に抗うことも出来ず変化していく子どもたちは、愚かで哀しい生き物だけど、その一瞬一瞬の表情がとてつもなく美しい。

 

よく「閉鎖的な漁村」とか「思春期の閉塞感」って言いますけど、閉塞って何なんでしょうね。

「ゲイだとばれたのでレイキャビクに行く」と、ほとんど島流しのような扱いで、都会の地名が出てくるけど、果たしてクリスチアンにとって、そこに行くことは解放なのか。

お伽話の世界のような「閉鎖的な田舎町」を出てしまえば、思春期を過ぎて大人になってしまえば、救われるの?

たとえば、私のいるここは自由で多様性に富んでいて、幸せな世界なのか。

こんな風に、同じ映画を観た人に感想を伝えられれば、それであわよくば「いいね」の1つや2つももらえれば、それが「自由」で「解放的」で、喜びに溢れた世界なんでしょうか。

開かれた環境にいるように見えても、恋が叶っても思い切り創作をしても、ひとは不自由なのかもしれない。

それでも、そういう風にしかできない私たちは、案外に美しいのかもしれない。

 

それに、相反するものたちは相反するだけじゃなくて、時々触れ合う。

厳しい冬を前にしながらも、舞い降りる雪を愛おしく思うように。

クリスチアンとソールのお互いへの想いは違う意味を持っているかもしれないけど、額に触れた唇の感触は、双方にとって、とてもとても大きなものだったに違いない。

あのキスはきっと、ひとつのしっとりとまるい石になる。時に甘く、時に狂おしい重みをもって、人生という川の分岐点に存在し続ける。

ふたりは身体も心も別々に成長していくけど、切なすぎる秘密を共有して、これからを生きてゆく。

 

それにしても本当に主人公の二人が綺麗。ソールはまだキューピーみたいなお腹しててコドモコドモしてるんだけど、劇中で確かに憂いのある表情を見せるようになる。

そしてクリスチアンの表現力!昔の少女漫画みたいな髪型だなって思ったけど、ほんとうに名作少女漫画から出てきたみたいに、繊細で雄弁な表情。この二人のこの瞬間を、動画で残しておいてくれてありがとう!

この環境で、この俳優さんで、この時間にしか撮れなかった。そういうものを見せられると鳥肌が立ちます。

 


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