年末年始だけ、ごはん日記

12月28日 (一人パーリィで痛い目に合う)

 

仕事納め。

誰かと「良いお年を」と言い合って別れるのは嬉しい。仲良しの人も、そうでもない人も、しみじみ大切な人に思える。ふわふわと温かい気持ちは帰り道も続いていて、今まで作ったことないレシピに挑戦するべく、スーパーに立ち寄った。

練りウニをいただいたのだがほとんどお酒が飲めないので、ウニクリームパスタを作ってみることにした。以前無印良品でレトルトのを試しておいしかったのだが、そこそこ高い上にコレステロール値が気になるのでずっと食べてない。今日は解禁だ。

贅沢して生クリームを買って、フライパンの上で練りウニとまぜ、ゆでたパスタを和えてみた。

材料の値段に比例してすごくおいしくなるはず、と期待したがそうでもなかった。少なくとも、レトルトより乳脂肪分が高そうな味はした(実際高い)。おいしくないのにカロリーはしっかり高いものを作ってしまった自分に腹が立ったが、勢いで完食した。

贅沢ついでにカットパインも買ったのだが、こちらはすこぶる美味だった。根拠はないがウニパスタの無念とカロリーを中和してくれるような気がして、食べ過ぎた。

そうしたら夜中にお腹が痛くなって、それに相まってパイナップルの酸でのどや胃の粘膜がひりひりしてものすごくつらかった。消化器官の内側が、口からお尻まで一直線に全部つらい感じだった。ついでにトイレが寒くて、外側も地味につらい。

痛いのはお腹だけでそれ以外はまあ我慢できるのだが、私が何をしたんだ、と恨みたい気持ちでいっぱいだった。何をしたかも実はわかっているので余計にやるせない。脳までつらい。

 

12月29日 (ほぼ断食)

 

パイナップルの後遺症か、まだちょっと胃が痛い(本当は消化器官全体が痛いと言いたいのだが、それは気のせいだと看護師の友人にきっぱり言われた)。パイナップル恐るべし。

明日、お寿司の約束があるのでできれば復活したい。様子をみながら、白湯とか、小さいカップのヨーグルトとか「摂取する」。

大掃除を今日やるつもりだったので、これは痛いロスだ。夜になってようやく、クローゼットの整理とかしてみる。

 

12月30日(大掃除が始まらない)

 

復活した。しょっちゅう具合の悪いようなことを書いているのでご心配いただくこともあるが、胃腸は強いのだ。

近所にあるタッチパネルで注文するタイプの回転寿司に、初めて行ってみる。友人の9歳になるお嬢さんが、慣れた様子で「海老天」を注文して度肝を抜かれた。海老天が乗っかったお寿司が出てきた。タッチパネルの操作を完全に彼女に任せて、大人は口頭で好き放題注文する(9歳児に)。

 

 帰りにスーパーの特設コーナーでわらびもちを買って、大掃除中丸出しのわが部屋でお茶を飲んだ。フードコートみたいなところで『スピン』という米菓子みたいなのも買った。同世代の友人たちは懐かしい、と言っていたが、私にはあまり記憶がない。ざっくりした歯触りでおいしい。

それから皆でゲームをした。動物の生態を当てるゲームなのだが、9歳の子どもに対していい大人のNくんとSさんは一切勝ちを譲らなかった。私は友人二人のこういうところが好きなのだが、9歳の彼女は大泣きし過ぎて吐いた。なかなか病人モードから抜け出せないわが部屋、としみじみ思いながら、夜カーペットを洗う。

 

12月31日(脂との闘い)

 

スーパーに大書きされていた「おせちもいいけどカレーもね」というフレーズが頭を離れなくなってしまい、おせちの準備を放っておいてカレー食えって意味じゃないよな、と了解はしているものの、昼はカレーを作った。と言っても買ってきた材料はおせち用なので、トマト缶と鯖の水煮缶で作るサバカレー。

昨日Sさんが生クリームの残りを泡立ててくれていたので(クリスマスにいただいたパネトーネというお菓子につけて食べた)、思いついてマッシュポテトに混ぜてみたらものすごくおいしかった。ジョエル・ロブションはおいしいマッシュポテトを作るコツを「バターをたっぷり入れること。50パーセントまではバターを入れてよい」と語ったそうだが、生クリームもいい。口当たりがふんわりする。

しかし、これは人をダメにする食べ物だ。5万円のディナーでぽちっと出てくるならともかく、こんなん家で日常的に作って食べたらダメになる。具体的には、映画「セブン」で暴食の罪で殺された人みたいになる。誰か私に記憶を抹消する光線を当てて欲しい。

 

夕ご飯は実家に行って年越しそばをいただく。アパートに帰ってから実家のおせちの担当分(私が独立して台所が二つになったため、分担している)を作る作る作る。

 

・柚子なます

・筑前煮

・オレンジチキン(SHERLOCKのジョンのブログに『パンダ・エクスプレス』に似た名前の中華料理屋さんが出てきて、懐かしくなっておせちに入れてみたところ、好評だったので毎年作っている。オレンジジュース入りの甘酢だれで和えた鶏の唐揚げ。私は青ネギもたっぷり添える)

・豚肉の野菜巻き(八幡巻の豚肉版みたいなやつ。照り焼きにする)

 

……こうして見ると、台所が汚れそうなやつばっかりじゃないか。母に謀られたか。(掃除したばかりの換気扇!)揚げ物する鍋がなくてフライパンでやったので、すごく油が跳ねる。そこら中水拭きし過ぎて手がガッサガサだ。

 一応紅白歌合戦を流しっぱなしにしていたが、エアコンの風が一番よく当たるところにカーペットを干していたら、音すらほとんど聞こえなかった。

 

お祝い用の箸を買い忘れていたので、折り紙で箸袋を折りながらの年越しになった。

どの番組を見ながら年越しするか考えあぐね、結局NHKを観ていたら、予約録画のために画面が切り替わって「キャプテンアメリカ・シビルウォー」の物々しいトレイラーを観ながら年が変わった。まあいいか。

 

1月1日(働き者の友人と甥)

 

雑煮の準備をしようと、「小松菜をさっとゆでて絞る」(←レシピ棒読み)。

コンビニ頼みで平日はほとんど料理しない私だが、料理中の食材とはきれいなものだなあ、と思う。

私は本の装丁を見るのが好きで、美術品よりもずっと興味があるのだが、それはきっと背景に「読む」という楽しみが隠れているからだ(たぶん、音楽とか美術とか、感覚へ直に切り込んでくる芸術と正面から取っ組み合うのが私は苦手なのだ)。

食べ物を美しいと思う気持ちにも、「食べる」ことへの期待が含まれている。

その美しさが、どんどん姿を変えていく。この手でそれを引き受け、見る、触る、音を聞く、匂いを嗅ぐことで「おいしそう」という気持ちが高まる。

正月の朝の、おせちがあるから暖房できない台所のきりっとした寒さもいい。食べるだけの人は、この楽しみの一番終わりのとこしか味わえてないのだな。だからといって今年からもっと料理します、と断言はできないが。

 

大家さんの餅つきにお呼ばれ。新年早々よその家族にお邪魔するのも申し訳ないのだが、通りすがりの人にも餅をつかせたり、飲み物を出したりする太っ腹な御一家なので甘えさせていただいている。こういうお正月を知らずに育ったので、毎年いちいち感動する。昔話の庄屋さんみたいだ。

幼馴染のSさんとYちゃんが合流。

飛び入りの友人たちはたいそう有能で、餅とり粉をまぶしまくり、大福を包みまくり、余った餅をのしまくり、「彗星のように現れた期待の新人」と絶賛されていた。

つきたてのお餅をからみ餅、大福、お雑煮と抜かりなくいただいた。

アパートに戻って料理をつまみながらダラダラしたが、ここでもSさんとYちゃんのスキルが遺憾なく発揮され、かまぼこをウサギの形に切ったり、いくらやアボカドを飾ったりして、いつSNSに投稿しても恥ずかしくないような写真を撮ってくれた。

幼馴染たちがデキる女なのはわかってるんだが、この「いいタイミングでさりげなくいい感じの写真を撮る」技術は、どうやって身に着けたのだろう。いつの間にか、女友達という女友達が同じテクを習得している(私の友人に限った話かもしれないが、男友達はそうでもない。出されればただ食う)。皆が一斉に携帯を出すと、私も目の前にある光景が惜しい気持ちになって同じ構えをとるが、完全に後手後手だ。

 

夕方からは実家に行って、両親と弟夫婦、やたらとペラペラしゃべるようになった甥っ子に会った。甥っ子は英語でしゃべると大人にウケがいい、ということを自覚していて、"Coffee please"と頼むとコーヒーメーカーのところまで走っていき、"Here you are"と(コーヒーに見立てた何かを)渡してくれる。その後はこちらが飲む振りをして"Yummy"と言うまでわくわくと見守っている。

何度も繰り返して飽きたので逆にこっちから"Here you are"と渡したら、しばらく考えた後で一口だけ飲むふりをして「にがい」と言った。

 

ホットカーペットの上で毛布をかぶってうとうとしながら、「エージェンツ・オブ・シールド」の一挙放映を観る。

 

1月2日(急にエンジンがかかる)

 

もちなしのお雑煮をおつゆがわりにして、朝食。

小松菜やかまぼこの残りも入れたらすごく具沢山になった。

おせちの残りをご飯で食べるのが好きなので、幸せだ。

昆布巻きとか煮しめとか、ちょっと余ってしまう系のおせち料理が好物なので、太るの覚悟でたくさん食べた。

一人用の冷蔵庫は余った料理と材料ですぐにいっぱいになる。

隙間作り最優先で「材料検索」し、「鶏肉と大根のさっぱり煮」を作る。

 

友達のブログに表示されていた広告に触発されて、防災袋を作ってみた。

と言っても、リュックとかラジオつき懐中電灯とか、ちゃんとした防災グッズはまだ買っていない。

アルミのシートとか、軍手とか、除菌ティッシュとか、ホテルでもらったスリッパとか、いただきもののキャンドルとか、なんとなく靴箱に突っ込んでいたものをやはり持て余してたイケアのブルーバッグに集結させただけだが、バッグのタグのところに連絡先や血液型を書いたら、急に緊張感が出た。

いつか、これを作っておいてよかったと思う日がくるのかもしれない。

肝心なものがなくてイライラするかもしれないし、全然足りないかもしれない。誰かがこれを見つけた時、私はもういないかもしれない。

その時そういう心境でいられるかどうかはわからないが、小さく「見つけたら使ってください」とも書いてみた。

 

夕方、きんとんとコーヒー、黒豆を入れたヨーグルトを用意して

「グレーテルのかまど」スペシャルを観る。

あと「富士ファミリー」というスペシャルドラマが良かった。

木皿泉作品、友達に絶賛されていたがちょっと説教くさくて私は苦手、と思い込んでいた。今回は何かがかちっとかみ合ったみたいに、説教くさいところも含めていいなと思った。

 

普段は家事を始めるエンジンがなかなかかからないのに、一度かかると今度は冷めない。夜中に突然思い立ち、便箋や封筒、カードに切手やシールなどを適当に詰め込んでた小引出しをひっくり返して整理した。

ついつい、紙物を買ってしまう。服と違ってすぐにはヘタらず、それほど流行がないのもあって、昔買ったものの可愛さに今でも悶絶する。

鳩居堂の絵葉書とか、ドイツのパン袋とか。結局、ここだけは思い切った整理はできない。私が突然死んだら友達皆で分けてください。箱にまとめておきました。

 

年賀状の返事を書きながらエージェンツ・オブ・シールド。

各話のエンドクレジットのあとに3秒くらい出てくる、落書きみたいなエイリアンがふらふらと歩いていくアニメが怖い。

今はネットで「それは何なのか」を簡単に確かめられるけど、昔はテレビを観るときこういう怖さをもっと何度も感じた気がする。

 

1月3日(コンビニ生活への復帰に向けて)

 

朝昼ごはんは八つ頭の煮物、おつゆの残り(かさが減っててちょっと焦がしそうになった)、雑穀ごはん、いくらの残り(賞味期限やばい)、アボカドの残り。

自堕落な生活も今日までかな~と惜しみつつ、洗濯をして年賀状の返事を出しに行く。ローソンの蟹クリームコロッケを一度食べてみたかったので寄ってみるが、なかったのでじゃがいものコロッケを買う。

夜ごはんはコロッケと千切りキャベツ。柚子なますの残りの材料(千切り頑張り過ぎた)で、キャロットラぺと大根の味噌汁。あと、豆乳が豆腐になりかけた小鍋みたいなレトルト食品に、青ネギの残りを振って食べた。

この商品を開封する時、私はいつも豆乳を爆発させてしまうのだが、久しぶりに買ったら蓋に「爆発しない開け方」が書いてあって、ちょっと嬉しかった。粗忽者は私だけじゃなかった。要約すれば「ゆっくり開けろ」なのだが。

小松菜とかまぼこの残りはバターで炒めてみた。これと煮物の残りで明日はお弁当。

嵐の二宮君が主人公の「坊ちゃん」(赤シャツが及川ミッチー!)を録画した。週末はこれを観ながら、クリスマスにSHERLOCKのカレンダーを送ってくれた友人に送る、柚子ジャムと柚子カードを作ろうと思う。

 暮れからずっと台所の隅で小山になってた柚子があっという間に小さな瓶におさまって、大掃除感があるはずだ(もはや『感』で妥協してる)。 

そういうのも料理する人の快感だよな~と、早くもコンビニ生活に一歩足を踏み入れながら思う。

                                  


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