霧雨の東京で

知らない街を歩いていると、急に不安になる。

都会に住んでいたこともあるので、全く状況がわからないわけではないのだけれど、初めて親元を離れて街を歩いた時の自意識過剰な不安を、全く同じように今も感じる。

今日のように仕事を休んでいる時は尚更だ。あの、煩わしくも居心地のいい場所で安穏としていることもできたのに、どうして私はここにいるんだろう。時間も場所も曖昧になり、自分の意志でやってきた、ということすら忘れてしまいそうになる。

自分ではどうにもならない力で、遠いところまで流されてしまった、と思う。

 知っているチェーンのお店が現れると、道しるべを見つけたようにほっとする。大丈夫だ。まだ、そんなに遠くには来ていない。

 

昔の駅舎を利用した、素敵なカフェでコーヒーを飲んだ。

霧雨が降り続けていたが、川に面したテラス席を選んだ。物慣れた感じの人人たちが楽しそうにビールなど飲んでいる、暖かそうな店内には居たたまれなかった。

熱いコーヒーと、マグのしっかりした重さが心強いと思った。

暫くそこにいたかったけれど、外国人観光客がお店の外観を撮りたそうにしていたので、邪魔にならないようにそそくさと席を立った。

 

目的地には近づいていたのだが、早く着きすぎたらまた途方に暮れてしまいそうなので、真剣に探さないことにしてぶらぶらと(でも、人目には目的ありげに見えるように意識しながら)歩いた。ふと、愛読している漫画の発売日が過ぎていることに気づいて、傘を畳んで書店に入った。

本屋さんも、私の味方だ。本屋さんは、ぶらぶら歩きを許してくれる。知っている本もあるし、知らない本もある。それを手にとってもいいし、とらなくてもいい。

 

高校生の時、世界には二種類の人間がいるのだと思った。

誰とでも家族のようになれる人と、たとえ家族といてもひとりぼっちになってしまう人。

そう考えたとき、私は後者だ、と思った。後者だと気づいてしまった、と。

もちろん世界はアホな女子高生が考えるほど単純じゃなく、たぶん誰もが前者にも後者にもなる。

人は、時々異邦人になる。どこにいても、誰といても。

そうとわかっても、さびしさが消えるわけではない。でも、本屋さんは異邦人を受け容れてくれる場所だと思う。ひとりの異邦人になって良い場所、と言ってもいい。

 

友人のレクチャーでマーベルコミックに嵌っているのだが、うっかり彼女が教えてくれた範囲を超えたところまで立ち読みをしてしまい、うわー!うわー!マジで!?と震えながらチェーンのコーヒー店に駆け込んで、友人にメールをした。

友人は仕事中なのですぐに返信がくるはずもなかったが、もう大丈夫だ、と思った。いつの間にか、知っている場所に帰ってきていた。

『夕焼け小焼け』のやわらかなメロディが街に流れ、スーツ姿の、でもリラックスした顔の人たちがビル群から溢れ出てきた。

まだ濡れている窓から見下ろすと、本屋さんの前に自分の傘が見えた。


概要 | プライバシーポリシー | サイトマップ
Copyright © 21世紀探偵 All Rights Reserved.