スネ夫のママのケーキ屋さん

そのメールは、年に2回か3回やってくる。

文面はいつも同じで、至ってシンプルだ。

 

「例のアレ、そろそろどうですか」

 

私の返信も大抵同じ。

 

「了解。いつものメンバーでいいですか。連れてきたい人がいたら人数を教えてください」

 

金曜が来ると、私は残業せずに早めに職場を出る。仕事が残っていたとしても、翌日に休日出勤すればよい。

帰宅したら、簡単な料理を作る。ショートパスタとか、ピザとか、ワカモレとか、あまりお腹がいっぱいにならないようなもの。

6時くらいになると、職場の仲間がスナック菓子や飲み物を携えてやってくる。軽い夕食をとりながら、職場の愚痴を言い合う。金曜ロードショーでジブリ映画がやっていたら必ず観る。ジブリのキャラクターと付き合うなら誰がいいかとか、くだらない話をダラダラとする。

映画が終わると、私はおもむろに湯を沸かし、紅茶やコーヒーを淹れる。この辺りで、子育て中のメンバーが子供を寝かしつけ終えて集まってくる。本番はここからである。

メールをくれた友人が台所から大きな紙箱を持ってきて、解体する。開けるのではなく、側面をはずして文字通り解体するのだ、箱は一枚の展開図になり、色とりどりのケーキが現れる。

歓声。キレイ、かわいい、おいしそう。

ケーキを選んで買ってきてくれる友人は、地元で有名なパティスリーの近所に住んでいる。旬のフルーツがたっぷり使われていたり、動物を模していたりと、どのケーキにも工夫が凝らされている。シーズンごとにたくさんの種類のケーキが出てくるので、網羅するにはこの「ケーキ会」が一番いい。

切り分けたりせず、四方八方からフォークを入れて食べる。下品かもしれないが、少しずつメンバーを変動させながらも、もう何年も続いている習慣だ。こういうケーキは一人ではなく、分け合ったり、SNSにアップしたりと、人と感想を共有しながら食べるのがいい。

深夜に甘いものを食べる背徳感と、明日は休みというささやかな幸せに浸りながら、眠くなるまで雑談を続ける。飲み会とはまた違った楽しみである。

 

実は、先輩に教えていただいたお気に入りの店がもう一つある。

先輩曰く「三角のケーキしかない」小さな店だが、入るとふわっといい匂いがする。クッキーやシュークリームのチェーン店から漂うこれ見よがしなバターの匂いとは違う、バニラのとも、洋酒のともつかない甘い香り。「ケーキ屋さんの匂い」としか言いようのない匂いだ。

ケーキは8種類ほどしかなく、もう見事に「想像通り」のケーキばかりだ。ショートケーキ、と聞いて10人中10人が思い浮かべるような形のショートケーキ。チーズケーキもプリンもそうだ。でも、チョコレートケーキにはお酒がしっかり効いているし、アップルパイのリンゴは甘過ぎず大振りで、ぎっしり詰まっている。どのケーキも、それぞれきちんとおいしい。端正な味がする。

このケーキに似合うのは、一人暮らしのアパートではない。海賊が町を襲うようにフォークを振るう女たちでもない。

ズバリ「応接間」だ、家具調テレビの上にレースかかってるみたいな。黒電話にカバーかかってるみたいな。飲み物は砂糖壺まで揃いのティーセットで淹れた「お紅茶」で決まり。スネ夫のママみたいな上品な夫人に淹れてもらえれば完璧だ。

テストで100点をとったスネ夫のように、ささやかないいことがあったら、私はこのケーキ屋さんに行きたい。応接間はないけれどきれいに片づけた部屋で、ティーセットはないけれどちゃんと手順を踏んで紅茶を淹れて、うやうやしく箱から取り出したケーキを皿に載せ、正座して食べたい。

その際SNSにアップはしないが、スネ夫のママの物まねは絶対にすると思う。

 

 


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